ひとは、なにを見て「キレイ」を感じるのでしょうか?
どんなときに「キレイ」を感じるのでしょうか?
誰に対して「キレイ」を感じるのでしょうか?
「キレイ」になるためには努力が必要でしょう。
しかし、決して難しいことではありません。
以前に「死に顔メイク」なるものが流行りました。
また、TVでしか見たことないけど、
「ヤマンバメイク」というのが若い世代で、
(ほんとにごく一部だと思うけど ・ ・ ・)流行っていた時期がありました。
でも、それって、ほんとに変なことなんです ・ ・ ・
なぜかというと ・ ・ ・
見ていて、「感じがいいなあ」とか、「心地いいなあ」っていう感情がわかないから。
だから、あんなメイクは長くは続かないんです。
っていうか、続けられないはずです。
一時期は、興味本位で振り向く人もいるかもしれないけど ・ ・ ・
時間がたてば、きっと自分が不幸になると思います。
なぜかというと、人に不快を与えているから、いずれは自分にその不快が帰ってくるからです。
自己主張や個性の尊重を否定しているわけではありません。
今からの時代はとても大切なことでしょう。
だからといって、何でもやっていいって言うこととは少し違うと思います。
人に「快」を提供できる個性が「キレイ」と評価されるべきもので、
人に「不快」しか提供できない個性は単なるわがままでしょう。
女性は鏡の前に立ち、基礎のお手入れ、ベースメイク、そしてメイクアップを自分の顔に施していきますが、その鏡を外れたとき、それを評価してくれるのは、鏡の前の自分ではなく、自分以外の人たちなわけです。
つまるところ「キレイ」は自分ではなく、他人にどう写るかが基準になっているんです。
あたりまえといえば、あたりまえなんですけど。
だからといって、人によく思われようと思って無理をすることはありません。それはとても不自然なことで「キレイ」とはかけ離れたものだからです。
たとえば、スポーツでも仕事でも、人が何かに夢中になって取り組んでいる姿、ひたむきな姿勢は美しく感じます。いわゆる、見る人の目には「キレイ」に映るわけです。しかし、夢中になっている本人は、他人の目などを気にしていないものです。
ただ、目の前のことに集中しているだけです。だからこそ、美しいわけです。
ここに、人の不可思議な感情の動きがあるわけです。
無理をして「キレイ」に見せようとする不自然なその態度が
実は「キレイ」とはかけ離れていってしまう…
続きは次回に書きますね。
とにかく、「貴女のキレイを応援する」のですから、
この話の中で10回に1回でも役立つ話ができれば幸いです。
木原 さおり